
6月10日(土曜)、松陽高校の文化祭だった。
現在、教育実習生として通っている母校。普通科の他に美術科と音楽科があり、文化祭には特に力を入れる学校。
前日の昼からの授業は全部、文化祭準備の為にあてられる。
校門にアーチ(上の図)を設置するなどの大きな作業は、自分もツナギに着替え、サポートにまわる。生徒と一緒に活動することにより、また距離が近くなった気がする。
ツナギでいると生徒と間違えられる...しかも茶髪...
美術科ほぼ全員で校門のアーチを組み立て、設置をした。
あんなに大きなものを作り上げた達成感に生徒全員はもちろん、自分も浸っていた。このような「みんなで大きな仕事やりとげた達成感」というものは、高校時代に数多く経験したが、卒業してからはほとんどないことに気付く(美術に関しては!芸祭警備もあったけど、また別のもの)。
本当に一生懸命にやっている三年生なんかを見てると、高校時代の友人や、自分とかぶる。初心に帰る。


当日。今まで三回、松陽高校の文化祭に参加してきたが、それはただ「生徒として企画、運営する」だけだった。卒業して初めて「一般客」として文化祭を楽しませてもらった。
似顔絵を描いてもらったり、陶芸品を購入したり、ポストカードを買ったり、美術科主催のファッションショー見たり、生徒の写真を撮ったりなどして、単純に楽しませてもらった。


ステージでの音楽科の合唱、吹奏楽の演奏などは、自分達の時代と変わらないクオリティの高さで、「ずっと続いていくんだなぁ」と感じた。
また、驚いたのが、普通科の舞台発表の多さ。「一生懸命やっている人間(行動)を馬鹿にする」という幼稚な価値観が、生徒の中から消えたのだと思った(自分達の時はあった)。
後片付けは生徒に混じって参加する。
流れ自体が飲み込めないので、「ただ見ているだけ」が多かったのだが、いないよりはいいだろうと思い、雑用をやったりした。
片付けをクラス全体でやっている様子を客観的に見ていると、「クラスの人間関係の縮図」のようなものが見えてくる。全員をまとめようと、進んで指示を出す人。従う人。指示がないと動かない人。他人が自分の指示通りに動いてくれないとかんしゃくを起こす人。そのかんしゃくに腹を立てる人。
自分の高校時代の人間関係と重なる。いつの世代のクラスも人間関係は似たようなものなのだと思った。
客観的に生徒を見るという行為は、自分の高校時代を今の自分の目で振り返ることと一緒で、興味深い。
以上、教育実習日誌からのコピペです(一部書き換え有り)。
いや、ほんと、初心に帰れました。大学での芸術祭とは規模の大きさは比較できないけど。
生徒と一緒にツナギ着て、一緒のことやって。
本当に高校時代に心が戻る。いい経験した。そして、実習あと4日。